2020年06月24日

大学入試 新共通試験

新型コロナの話題が少し退潮になったからか、新大学入試試験の話を見かけるようになった。

大学が序列化して、その序列の上位を目指すかなり単一化された価値観の「教育」(そんなもん教育と呼べないと思うけど)が前提にある限り、テストをどんなに変えたって、しょせん序列決定ルールの変更でしかないと思うんだよね。

絶対に対策は打たれるし、その結果、試験の実施意図は外れていく。

みんなテストの点数による序列が欲しいのであって、テストが意図している学力なんてどうでも良いんだもん。当り前だよね。
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一方、今回の共通試験変更の内、英語の内容変更だけは多少マシだと思うんだ。
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序列をつけるために決まり事の理解度を競う虚しい戦いであるという、教育の本質自体を変えるようなものではない。
それでも決まり事が余りにも現実的からかけ離れた状態よりは、少しでも現実社会に応用が利いた方が良いに決まってる。


ボクは、英語は実技科目で、体育や音楽、美術と同じだと思っている。
理論を問う他の教科とは根本的に違う。

知っていることとできることが根本的に違う。

より良くできるようになるために、知っていると助けになる知識はあるかもしれないとは思うけど。


机に向かってやったお勉強で、「英語ができる」と勘違いしちゃった高学歴くんたちの多くが、新試験で受けたたら英語の点数半分だろうな、と思うとちょっと気分が良くなったりもする。


けど、多分それは妄想だ。

実際には、カネと時間をかけて勉強に資源を投入できる恵まれた環境の人たちが、書物を頼りに努力でカバーしてきた厳しい環境に居る人たちよりも、更に有利になるんだろうね。

Reading, Writing中心の試験よりも、学習環境格差は大きく結果に反映されるはずだからだ。

大学卒業まで、日本から一歩も出たことなかったようなボクみたいなヤツは・・そもそも一生外国語を実践的に触れること自体ができなくなるんじゃないだろうか。ボクはそんな危惧をする。

少なくとも、ボクが大学受験のときにこの新試験になっていたら.
ボクの出身大学にはきっと入れなかっただろうと思う。


ボクの英語は、社会人になってから砂漠の工事現場に閉じ込められて、死ぬ思いで身に着けたものだ。
それがなかったら多分、いまだにロクに話せも聞けもしないだろうからね。

田舎の貧乏人が、机上の勉強では決して手に入れられないんだ、この力は。


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posted by かのぴ~ at 22:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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