2019年04月27日

心配性の旅行

僕は心配性だ。

心配性というと、それを良い方に転換しよう、精密さが求められる職種に着けば・・なんて励ましなのかなんなのかよくわからない慰めをもらうことがあるけど、そういうことではない。
心配性だけど、面倒くさがりなので精密な行動をとることができるわけではないではないし、ムリして精密な行動をとっても、結局心配性は解消しないのだ。


例えば、一週間くらいの予定で旅行の計画を建てる場合。

当然、全日程の予定は立てて予約手配する。
移動手配、若しくは時刻表を調べて移動できることを確認して記録、宿泊を家に帰るまで手配。

でも心配性なので安心できない。

乗り換え時間5分なんて、ちょっと遅れたら乗り継ぎできない。

長距離の移動だと、ちょっとした乗り継ぎミスや遅れで先々まで影響が出る。
そうすると宿泊地まで予定日にたどり着けない。
キャンセル料というだけでなく、その日の別の宿泊を確保しないといけない・・などと考えてしまうのだ。

その日の移動を中断しなければいけなくなったところに都合よく宿泊場所があるのか、次の移動で挽回する方法があるのか・・と困った状況に陥る可能性は無限に広がっていく。

ここまで来たらもはや病気だ。

だから、行ったことのないところに行ってみたいという欲求と、知らない場所でどうしようもない状況に陥ったらどうしようという心配とが入り交じり、予約手配にものすごく心理的な抵抗を感じてしまうのだ。

で、結局以前行ったことのあるルートや目的地に行ったりする。
安全件を確保しなければ行動できない。見分は広がらない。

いい年こいて、別に自分の人生を大事に生きてるわけでもないくせに、妙な安全欲求も持つというアンビバレントな状況なわけだ。



別の記事で南西アジアや東南アジアに言及したけど、バックパッカー的にリスクを冒しつつ移動をしてきたわけではないのだ。
仕事で長期出張や駐在をしていたというだけのこと。

勝手のわかる既知の場所を拠点に、少しだけ足を延ばして、少しづつ少しづつ既知の場所に変えていったのだ。


だから、矛盾するようだけど、中近東や南西アジア、東南アジアは宿の予約なんかもなく、航空券の往復だけ取ってバックパック一つで旅行したりする。

それらの国々がどの程度の交通の利便性があって、どの程度飛び込みで泊まれる宿があって、どの程度自分で様々なことを処理できるのか、みんな分かっているから。


多分ボクの周囲の人は、人によって全く違う志向に見えていることでしょう。

かたや無計画にブラつくバックパッカー。
かたや計画倒れのインドア旅行者(それって旅行者なのか?)。

こういう極端な二面性って、多分健全じゃないと思うな。

posted by かのぴ~ at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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