2019年10月21日

人はなぜライフログをとるのか

ライフログって結構流行ってるよね。

軌跡データ溜めてったり、心拍数や移動距離のデータ蓄積させたり。
それ、なんになるんだ?と思うけど・・実はボクもやってる。

Mappingっていう軌跡集積アプリ。スマホで通った箇所を塗りつぶしていくという・・・Screenshot_2019-10-21-00-02-09-13_f55064a6683c4001633ca5da2dd8c99d.png

あとは、ランニングの記録にNike Run+ってのも。


ランニングアプリのほうは、自分のトレーニング目的で、タイムを計りつつ走ってペース維持したり、月間の走行距離記録してオーバーワークや練習不足を防止するのに使うわけだけど、軌跡ログのほうは全く実用になってない。

別に、誰かに見せるわけでもないし、誰かにとって価値があるわけでもない。

考えてみたらライフログって基本的には無価値だよね。

アイドルじゃあるまいし・・いや、仮にアイドルだったとしても、どこに行った、とか知ってどうする?

そう思ったボクは、一回このMappingを辞めてみたんだけど・・なんか気になる。
初めて行ったところなのに、その記録がつかないことが、何か損したような気分になるんだ。


こんな、自分の人生をスタンプラリーにするようなモノのどこにそんな中毒性というか、依存性があるのか理屈は良く分からない。
でも、なくなってしまうと寂しいというのは、人にはどこか、自分を記録して残しておきたいという欲求があるということなんだろうな。


自分の子孫を残すべきじゃない、人に影響を与えるべきでもない、そんな考えを持ってるボクでさえそうなんだから・・・普通の人(?)がいろんなライフログにはまるのも分かる気がするな。


もちろん、そうやって取られたログは、誰にも省みられることはなく、破棄されるんだけど。


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posted by かのぴ~ at 00:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする