2019年10月29日

海外でもムラ社会を作り上げる日本人たちの話

海外に行くと見分が広がる・・というのはその通りだと思う。
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ゆるゆると仕事をし、おせっかいを焼く人たちに触れることはとても意味があることだと思う。
けど、仕事で海外に住んだりしてしまうと、そこは途端に日本社会の、それも悪いところばかりが凝縮されたような世界になってしまうんだ。

今日はそんな話をしようと思う。

日本人会。
これがまずクソ。

序列下位(若者や駐在先企業の後ろ盾のない人)を小間使いにして、飲み会やらゴルフやらのアレンジさせたり。
まさに古き"悪き"日本そのものの世界。

日本に一時帰国したらお土産配布は当たり前。
もちろん配布の順序、内容は序列に従わなければ嫌味、嫌がらせが待っている。

独身だし駐在員の身分だったボクは、幸いにもあまり関わらずに済んだけど。

これは特定の日本人会の話ではなく、どの国に言っても日本人会の悪評は普通に耳にする。
ボク自身は5か国ほどで日本人会に関わったけど、そのいずれもだ。

これはもう、所在国の特性とかそういう問題じゃなくて、日本人の特性なんじゃないかと思うようになったね。


次に、駐在員の奥様会。
クソオブクソ。日本人会のクソどもからひり出されたクソが折り重なって聳え立ったクソ。

駐在員は「帯同」と言って配偶者(99%が妻)を連れてくることがある。
もちろん先進国の方が帯同率が高く、途上国では低い。

まぁ妻が夫を支えるなんてのは時代錯誤だし、ついてこないのは別に良いでしょう。
けど・・子どもも介護対象の親もいないのに、途上国だと付いて来ず別居状態で、先進国や観光国に異動したら付いてくるって奥様が多数だったりする。

そんな奥様達のプライドたるや、まるで貴族。

それもそのはずで、日本人駐在員は日本ではおよそ無理な広々としたマンション(現地では"マンション"とは言わないけど)や庭付きの広い一軒家に住むし、夫の給料も様々な手当てがついて、平社員でも1千万近い給料をもらったりする。

帯同で来た妻が現地の労働許可を取得するのは難しいから、暇を持て余しお稽古事やらレジャーやらをしつつ過ごすわけだけど・・そりゃ勘違いしちゃうよね。

先進国はまだしも、それが程々発展した観光国だったりすると、現地人の扱いも丁寧だし、更に勘違いを加速させたりする。


そんな奥様達を集めた親睦会が、会社ごとにあったりする。最近は減ったかもしれないけど。

夫の会社での上下関係をそのまんま持ち込んで、陰湿なイジメ、陰口、仲間外れ・・なんてことが起きているのは想像に難くない。

精神病んで帰国しちゃう方がよくいて、そうした実態は耳に入ってくる。
それを聞くのもボクの仕事だったりする。
ほら、法務とか総務って、人事トラブルも業務範囲だから。


その奥様たちの会の定例会の世話を一回だけやったことがあるんだけど・・・酷いもんだよ。

定例会の案内かけるとまず会の誰か(多分その役割を押し付けられたのだろう)が聞いてくるのは、ボクの会社での職位。

最初、なぜだろうと思ったんだけど・・やってみたらすぐわかった。
アレンジに文句言ってくる奥様は全員、当時のボク(現地法人の課長職)より職位が上の人の奥さんだったから。

面白いように、文句言う前に、「〇〇の妻ですけど」とか言ってくれちゃう。
内心、「だから何だよボンクラ工場長のヨメが(笑」とか思ってるわけだけど。

ともあれ文句は聞かなければならない。仕事だから。

外国人しか来ないような(割と)高級なお店をアレンジしても、「行ったことある」、「美味しくない」、「こんなレベルのお店しか知らないのかしら」。

うるせぇ、コロすぞ!
・・と言いたいのを我慢して、「今後はご希望に沿うようにしますね」とかなんとか言って受け流す。
ストレスは溜まる。


社員のボクに対してさえ「下」と見なせばこれなんだから、奥様同士の関係はさぞかし酷いことでしょう。

分かる?

日本人が海外に出てやってる事ってこんなのよ?
そびえたつクソ同士のクソの投げ合いとその世話w


ちなみにそのあと、ボクが人事関連も扱ってると奥様達に知れた後はピタリとクレームは止んだ。
本当にクズだ、あいつら。



しかし彼ら、彼女ら、こ~んなまさにニッポンの肥溜めみたいなことを現地でやっているのに、それでいて海外経験を誇ったり、滞在経験者は旅行者をバカにしたりする。

自分たちは仕事で来ている。
住んでいる。
旅行者と一緒にするな、なんてね。

旅行者のほうが現地のことわかってたり現地語話せたりするケースも珍しくないんだけどねぇ。


あぁ、いやなコト思い出したな。書いてるうちに。
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posted by かのぴ~ at 21:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月28日

チャレンジ童貞

竹中がなんかアホなコト言うとります。

「下品な意味ではなく、今の日本人は『チャレンジ童貞』になっているのではないかとすら思います。自分がまだ見ぬ世界、領域、場所、体験など、未知のものを異様なまでに怖がっているように見えるのです。その様は、女性を知らないがゆえに、女性に現実離れしたイメージを抱き、恐れたり、蔑んだりする童貞男子とそっくりです」
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彼のやってきた労働規制緩和で、どれだけの人を追い込んだのか彼自身が自覚してないはずがないと思うんだけど・・・。

"チャレンジ"が何を意味するのか不明確だけど、起業であったり投資であったりするのだろう。
チャレンジ以前に生きていくのがギリギリな人間を量産しておいて、チャレンジしないことを揶揄しようってのは、あまりにゲスで言葉もないね。

ともあれ、本当にチャレンジ精神を持った人間が大量に出たら、パソナ取締役社長としては困るんじゃないか・・と一瞬思ったんだけど、多分彼のこの発想の真意は、チャレンジを求めることにあるわけじゃないと思う。

チャレンジする気力も体力も時間も奪いつくして国全体が疲弊して滅びに向かっている現状を、チャレンジしない人達に責任転嫁しようとしているんじゃないだろうか。

チャレンジすればいいのに、しなかったんだからあなたの責任ね、と。

チャレンジが成功する確率をものすごく下げた張本人がこれを言っているわけで、盗人猛々しいというか、恥知らずというか、呆れ果てる。
もちろん、運よく何かの原資を得て、自立する人ももちろんごく少数出るだろう。

わずかでも成功例が出れば、大多数の失敗者に対して、努力や能力が足りない、と自己責任を要求できるわけで・・どちらにしても、分の悪いチャレンジをけしかける側は安泰なのだ。

なんでこんな最悪の男がいまだに権力を持ち続けていられるのか、ボクには全く理解できないよ。


そういえば、チャレンジ童貞を揶揄できるチャレンジヤリチンの竹中は、自分ではどんな「チャレンジ」とやらをしたんでしょうかね。

サラリーマンが出向先で気に入られて政府に入り込んで、経団連と政府に都合のいい言説を振りまいて重用された・・・ずいぶん素晴らしいチャレンジ精神だなこれ。

風俗でヤりまくって、オレは経験豊富で女をわかってる、童貞と違う、とか言ってるようなもんだよこれ。


で、同時期に萩生田の発言。

「それ言ったら、『あいつ予備校通っていてズルいよな』と言うのと同じだと思うんですよね。だから、裕福な家庭の子が回数受けて、ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれないけれど、そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえば」
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なんかもう、公平な競争とか、平等なチャンスとか、確保する気なんか無いよって堂々と言い始めちゃってるね。
前提も条件も考えずに、「はい負け、自業自得」ですべて終わらせようっていうね。


そしてソレ言ってるのがみんな、「お前が言うな」な人なんだよなぁ。

ちなみに萩生田は早稲田実業のお坊ちゃん。なぜか大学は明治大学。
悪いけど、優秀とはいいがたいタイプで、まともに知力と商才で勝負して人に秀でるような人じゃないと思うね、コレ。

・・いや、それ言ったら総理大臣からして・・・日本語や常識すら怪しい。



じゃぁ、死ぬほど苦労して、努力して、それで勝ち取った人達に政策決定させればよいかというと、これはこれで問題があるとは思う。
自分の立場や財産は努力の成果で、運の要素なんかないんだ、なんて思いこんじゃうケースもあって、結局過酷な政策を振りまく可能性があるからね。

程よく努力して、周囲やタイミングに恵まれて、そうした幸運を理解できる教養のあるバランスの取れた人でなければいけないんだ。
官僚も、政治家も。

でも、今の政府って全くそうはなっていないよね。
運が良かっただけの、そして往々にして頭のよくないお坊ちゃん。

そんな連中に要求される自己責任。

やり切れませんわ。
公平とか公正ってのは、死んでしまったんだろうか。

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posted by かのぴ~ at 02:28| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月26日

PCのOSは人格

Windows 7のサポートが終わるってことで、仕方なくWindows 10に移行した。
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Windows 95の頃から自作機+OEM版(最近はDSP版って言うそうな)をメインマシンにしてたボクなんだけど、OSの入れ替えを重ねるごとに、なにかこう・・物寂しいというか、悲しい気分になる。

ひとつは、有償で使用権を買ったにも関わらず使えなくなってしまうことへの虚しさ。

もちろん、物理的にはインストールできるんだけど、アップデートできないからスタンドアロンでしか使用できなくなっちゃうし、事実上もう使えないと言って良い。

Windows 95は2年程度、98は1年使ったか程度。
そのあとWindows 2000入れたかな。
この後NT系のOSの良さに気が付いたんだけど手遅れで、9x系と統合されちゃった。
2000は長く使った気がするけど、それでも3年程度かな。
MEはスキップしてXPに移って、Vista、7と入れ替えていった。

どのOSも導入当初は、「ずっと使うぞ」なんて思う。
どんどん洗練され、美しくなっていくユーザーインターフェース、安定して素早い動作、便利なガジェット、そして、動作する傑作エロゲーに、愛着と信頼を深めてたものだった。

でも、時間の経過はシビアにその信頼を奪っていく。
人の気持ちが時間によって朽ちるように、結局何も自分のモノにならないんだな・・なんて無常感に駆られる。



もう一つが、OSに変に感情移入してしまうこと。

OSってのは、人格に近い。
引きこもり気質のボクは、生活のかなりの部分がPCないしデジタルデバイスに絡んでいる。

PCはそれらのすべてに最適なサポートを与え、見た目も好みに作り上げる。
場合によっては失敗してどうしようもなくなってそのままになった過去の痕跡までも残っている。

まるでもう一人の自分、親友のような。

だから、ボクはOS擬人化がものすごく納得いく。
鉄道擬人化とか車擬人化とかは無理やり感が漂うけど、OSは正真正銘、人格があると思うんだ。

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そんなOSを消してしまう。

そして別のOSを持ってきて・・・万人に対して全く同じ挙動をする赤ちゃんのようなOSを、一から育て、新しい関係を作り上げていくような感覚になる。

それはまるで、これまで付き合ってきた相手を、都合が悪くなったからと殺してしまい、人格を入れ替えるようなもの。

こんな感じ・・jus.jpg


所詮(人間の脳と神経系が生み出す人格に比べれば)単純なソフトウェアが生み出す状態でしかないんだけどね。
現実の人間相手には冷淡だし、信用も信頼もしないくせに、単純なソフトウェアには感情移入できるなんて・・・人道的なようでいて、かなり人でなしだよね、ボク。

ともあれ、Windows 10を使い始めた。
そしてまた、ニセモノの愛着とニセモノの別離の悲しみを味わうんだろう。
くだらない人生だ。

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posted by かのぴ~ at 01:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする