2019年04月08日

コミュ障

ボクはコミュ障だと思う。


人と話すと異常に緊張する。

特に電話は嫌いで、知らない番号から携帯に着信があるだけで嫌な汗をかく。
直接話すのも、相手によっては異常に汗をかいたりする。

そう、「相手によって」。


ここがボクのクズなところだ。


相手が明らかに自分に害を及ぼせない立場の場合は全く問題が無いのだ。

単に後輩とか取引先とかそういうことではない。
後輩でも、問題行動を起こせば当然人事問題になるだろうし、取引先だからといって昨今は侮ることはできない。


ではどんな場合に問題なくコミュニケーションできるか。

相手が無知な場合。自分より間違いなく劣っていると考える場合。

たとえば、専門性のある話をするときに、明らかに自分のほうが前提になる情報や経験を持っている場合だ。
そういう相手は反論してこないだろうし、して来ても容易に潰せる。

そんなときは緊張することも無く、嫌な汗もかかず、言いたいことを、言いたいように話すことができる。


我ながら最悪な人間性だと思う。

しかし、これは「人格」なのだ。
意思でコントロールできるものではない。

相手の状態によって分け隔てするべきじゃない、と頭で考えたって、汗をかき、どもり、緊張することはどうすることもできないのだ。


自分の意思ではどうしようもない人間性を、ボク自身が嫌悪する。
不毛なことだ。


いや、待てよ。
心の底では自分のそういう人間性を嫌悪することすら本当はできていないのか。
それで何が悪い、くらいに本音では思っているのではないか。

だから変われないのではないか。


醜悪な人間性だと理解はできても、それを心から悔いることはできないのだ。

ボクは生まれてから今まで本気で感情を動かしたこと、動かせたことがあったのだろうか?


いつもどこか冷静で、どんな感情も演技しているような気がする。

どんな行動も、発言も、人にどうどう思われるか、普通の人ならどうすべきかを計算し、演じているだけなんじゃないか。

ボクの本質は、無感動で、無感情で、何もかもがどうでも良く、自分にしか(意やもしかしたら自分についてさえも)興味が無く、こうして自分を見つめる文章を書いていてすら、その精神の核心には誰も(自分自身ですらも)触れられないのではないか。

ボクに精神はあるのかすら怪しくなってきた気がするな。
この、「精神があるのかすら怪しい」というフレーズさえ、演じているのだけれど。
posted by かのぴ~ at 01:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする