2019年04月05日

家(家屋)の話

ボクの生家は、狭く小さい。そして埃っぽかった。

一部屋も5畳~8畳程度なうえに、親たちは、そこに様々なものを持ち込んだ。

部屋には常時段ボール箱や木箱や家具が積みあがって、実質的な広さはそれこそ3畳間、4畳間のようになっていた。

それらの積みあがった荷物の多くは古くなった衣類(以前勤めていた職場の支給品や貰いものも多いようだ)やら大昔の引き出物やら、鍋釜、洗面器、タオル・・どう考えても保管しておく意味があるとは思えないものばかりだった。


これをボクは一種の精神障害のようなものではないかと疑っていた。
強迫性障害とか、自閉症スペクトラムとか。


「もったいない」というのが全ての行動の根源になるようだった。
けれど、まず将来使うことのないゴミの価値は、それによって占有された土地・建物の価値よりも圧倒的に低いとボクは考えていた。

あまりに合理性がない、と小学校低学年のころには気づいていた。

それに対して親たちの出す見解は、「屁理屈を言うな」、「仕方がない」だった。
これは、ボクが育つ家庭で本当に良く聞くフレーズだった。


少し話は逸れるが、ボクは「屁理屈」という言葉が大嫌いだ。

「屁理屈」には、その「理屈」が何故整合的でないのか、結論を誤っているのか一切説明しない時に親が口にする言葉だった。


要は、事実に基づき、論理をたどって合理的な結論に導こうという思考そのものを、一言の元に否定するための論理(全然論理ではないけど)が「屁理屈を言うな」なのだ。

理屈の何が「屁」なのか。
その言葉の品の無さも相俟って、僕は身内の反知性主義を呪った。



話を戻そう。


家の狭さはボクや姉から、様々なものを奪った。

落ち着いて、思索すること。
音楽や文学にじっくりと触れること。
好きなものを、一人で楽しむこと。

自分に向き合うこと。


そうした心の問題だけではなく、健康さえも奪った。

狭い家に舞うハウスダストは呼吸器系疾患の原因にもなった。

姉弟揃って小児喘息だった。


ボクはそんな家が恥ずかしくて、友達を家に呼んだことが殆どなかった。

専ら友達の家に遊びに行く。
行った先では、整然と(居間にして思えば普通だが)片付いた家のまともさを羨んだものだった。


友達を家族に会わせるのも嫌だった。
明らかに普通の大人と比較して、異常だと思っていたから。

そんな親と、環境の元で育っていることを知られたくなかった。

これは友達を作りにくかったことの要素の一つになったと思う。


高校に進学してからは、家から学校まで1時間ほどかかったこともあって、友達が家に来るという危険(?)が殆どなくなったことは幸いだった。

もっとも、高校生が家で一人になる時間も空間も少なく、毎日風呂に入ることもできない家というのは大きなコンプレックスだ。
ボクはどんどん人に言えないことが増えて、家の外の「普通の感覚」に自分を合わせることに努力しなければならなかった。

もううんざりだった。
だから、家から通える大学にはいかなかったし、高校も遠くを選んだ。

田舎だからまともな高校、大学が近所になかったのも幸いした。
家の近くの高校はヤンキー校だ。


この点、姉のことを考えると、哀れだ。

この環境で女というのは、ボクよりももっともっと辛かっただろうと思う。
年相応のおしゃれもしない(できない)し、プライバシーもない。風呂も入れない。


姉は、成績上、まさにボクの行きたくなかった家の近くのヤンキー校に行かざるを得なかった。
大学さえも実家通いだった。

あの環境が成人まで続いた人間が、どんな人格を形成し、どんな悲惨な社会人生活を送ることになるのか・・想像しただけでも恐ろしい。


社会人になった今、同僚達が休みに家に帰るという感覚がボクには分からない。
ボクは、実家が存在すること自体を忘れたい。

posted by かのぴ~ at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする