2019年04月01日

恋愛弱者

ボクはいわゆる恋愛弱者だと思う。

単純に外見が酷いのだ。
自覚したのはいつだろう。多分小学校高学年くらいか。

人間は自分のことを客観的に評価するのは難しいんだな、と実感を持てたのが自分の容姿のおかげだったというのは皮肉な話だ。

実感をもてたのは、小学校高学年のいじめの経験からだ。

小学生の頃の女子と言うのは遠慮思いやりもないし、ブサイクな男子に対しては正直に嫌がるし、避ける。
それは時にいじめにも発展する。

もちろん外見だけが理由ではないだろう。
行動、発言が人を苛立たせることが多かったと言う要素もあったろう。

けれど、間違いなく外見は大きないじめのターゲットになる要素の一つだったと思う。


世間の表舞台で語られる「いじめ」観念はどうしても暴力なんかの物理的な力を伴うイメージで語られることが多いようだが、決してそんなことは無い。

ボクはスポーツをやっていて体力はあったし、暴力で戦ったならば、負ける相手は相当少なかったろう。

けれど、いじめと言うのはそうではない。

無視する、人を「臭い」、「汚い」物として扱うといった態度で表現するいじめは、どんなに体力があっても防げない。
そして、それを率先して行うのは女子だった。

男子は、積極的にそうしたことはしなかったが、「空気」を読んだ。
ボクをかばったら今度は自分がターゲットにされることを恐れたのだと思う。

この経験でボクは、あらゆる人間を信用しなくなった。

どんなに親しくなろうと、普段倫理的な行動を取ろうと、自分がいじめのターゲットになることを避けるためならば平気で態度を覆す。

大人も同じだ。
自分の立場が揺らぐ行為を他人のためにする人などいないのだ。

いじめとは暴力である、と認識する両親は、いじめられているなどと言ったら、「やり返せ」程度しか言わないだろう。

いや、両親の普段の行動を考えると、下手すると「いじめられている」ということ自体を理由に、親からさえも軽蔑され、馬鹿にされるだろうとすら思った。
おそらくそれは正しかったと今でも思っている。


幸い、いじめは小学校の一年間程度で終わったが、ボクはこのときから他人に信頼を置くことをできないでいる。
特に女性を信用できない。

彼女らは、暴力に対する弱者のポジションを武器にしつつ、他者を攻撃してくる。
小学生ならば、「女子を泣かせる」ことはそれだけで罪だ。

そして、口頭や態度で傷つけるという「暴力」は決して被害とみなされない。
女子に対してボクは常に加害者にされ、傷つけられ、反撃を許されなかった。


それで恋愛ができるはずが無かった。
ボクは極端に女性に対して消極的になった。


酷い外見であろうと、全く女子と縁が無かったわけではなかった。

高校は進学校だったおかげで、いじめのようなものは殆ど無かった。
いじめと知性、教育程度は関係するんだと思う。

運動部に所属していたボクに、やたらとかまってくる後輩の女子がいた。

彼女はいつもまっすぐに自分の目を見て話してきた。そしてよくボクに触れてきた。
部活動の時間以外でも、見かければ駆け寄ってくる。犬か何かのようなイメージでボクは彼女を見ていた。

おそらく好意を持っていたのだと思うし、周囲もそう認識していたと思うが、それでもボクは信用できなかった。
心のどこかに、彼女は悪意を持っているのではないか、という考えがいつも張り付いていた。

だからボクは彼女にそっけなかった。
1年以上そんな感じだったろうか。受験で部活を引退するときの彼女は、すっかり疲れていたようだった。

それもこれも、きっと自分の自意識過剰でないか。
いざボクらが彼女に好意を示せば、彼女の口からは軽蔑の言葉が出るのではないか、そう思っていた。

今でも彼女がどこまで本気だったのかわからない。
いや、常識的に考えれば一年以上もひたすら自分にばかりかまってくる女子に好意がないはずはないんだけど。


大学に入って、また少しだけ近づいてきた女子(大学生なら女性と言うべきか)も居た。

必修科目のクラスが同じで、気づくと隣に座っている。
おとなしめの可愛い女性だった。

でもやっぱりボクは動かなかった。
誰も、何も信用できなかった。

いじめは終わっても、他人は常に自分を軽蔑しようとしているのではないか、という疑念について回った。
それは今でも同じだ。


女性以前に、マトモに同性の友人さえも作れないでいた。
学生時代つるんでいた友人は少数居るが、付き合いは浅かったし、今はもう連絡も取っていない。


社会人になるまで、当然のごとく童貞だ。

童貞は、風俗で捨てた。
それって非童貞と言えるのか、と思うが素人童貞という便利な言葉があるようだ。

ボクは40にして素人童貞だ。

海外赴任の経験なんかもあって、経験人数は結構多いし、素人とプロの垣根は曖昧かもしれないけど、ボクは自分で女性を口説き落として性交までいったことはないと思っているし、これからもできるとは思わない。少なくとも日本では。

言葉が通じ過ぎるのだ。
そして、言葉が通じると、それと相反する心情を想像してしまう。

たとえ好意的な言葉を口にしようと、彼女は実は内心嫌がっているに違いない。
気持ち悪いと思いつつ我慢しているに違いない、と。

海外や、風俗ではそうではないだろう。
お金を払うことで、相手の本心がどうかと言うこととはバランスを取れるのだ。
言葉が通じにくいことで、発言と内心の差異を意識することは少なくなるだろう。


そんなこともあって、だいぶ若い頃からボクは恋愛をしていない。
いや、そもそもボクは誰か異性をマトモに好きになったことなんてあったのだろうか、という気さえする。

そりゃ、結婚できないわけだ。


最近では性欲もだいぶ衰えてきた。
もともと現実の女性に興奮しにくかったんだけど、二次元のキャラでないと興奮しないし、それすらも衰え気味だ。


流行に乗って、というかなんとなくの焦りもあって婚活らしきことをしてみるけれど、二次元ですら興奮しにくくなったボクが同年代の女性に興奮できるとは到底思えない。

何人かとあって、デートもどきをしたけれど、到底(物理的に)セックスできるとは思えない。

こうして書き出していくと、我がことながら実に薄っぺらくて気持ち悪いな。
ボクの恋愛も性も。


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posted by かのぴ~ at 03:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする