2019年04月30日

オナニーの話(1)

seesaaブログってどこまでエロOKなんだろうか。

よく分からないけど、とりあえずカく・・じゃなくて書く。
エロ嗜好の話だ。

40台のおっさんの性の話などどこに需要があるのか!?
ないだろうよ。自己満足だからな。

これも一種の露出プレイか。


ボクの性の目覚めは早かった。

幼稚園児くらいの頃には、床(畳)に性器を押し付けてなんだか気持ちよくなっていた気がする。
いわゆる床オナと言うヤツだ。

ただ、ちょっと変わっていて、勃起していない状態でペニスを下向きにしてうつぶせになって擦り付け、足を開閉するという妙な方法を編み出していた。
こうすると、刺激されるのはペニスの裏側じゃなくて表というか上面。
一般的な床オナってのは逆にペニスを上に向けて裏側をこするんだってな。ボクはそれでは全然ダメ。

今にして思えば、気持ちよかったのはペニスへの刺激じゃなくて、脚の開閉で前立腺が刺激されていたのかもしれない。
我ながらレベル高いな。

もちろん幼稚園児では射精しないので、ただなんとなく気持ち良いというだけだった。
けど、だからこそ持続力があって、結構な頻度でやっていたような気がする。
一日一回とまではいかないだろうけど、数日に一回程度。

この頃は、性的な快感や欲求が女の子と結びついていなかった気がする。
それがいつごろ結びつくようになったのかは、もう思い出せないけど、ともあれ最初は肉体的な快感だけがあった。
それは本質的には今もあまり変わってないかもしれない。

精通は確か多分小学校4~5年くらいじゃなかったかな。
少なくともこの頃には、異性への興味とオナニーが結びついていて、少年漫画のエロシーン(といっても可愛いものだが・・)見ながら床オナしてた気がする。

今思い出せるのは・・・ダッシュ四駆郎の輪子でヌいた気がする・・いつだっけ。
CjTwXwJUYAUAO35.jpg
今見ると別に全然興奮しないな。

あと、Oh!透明人間とかいう、当時のボクからしたら単なるエロ本でしかないタイトルもあったかな。

これはさすがに買えないので、本屋で立ち読みして思い出してオナニーしたりね。
(当時、本屋は立ち読みし放題だった。)

少し大きくなってからは、らんま1/2のシャンプー。38a3ffe5.jpg
そこから過去作品に興味を持って、うる星やつらのラムちゃんとか。

ボク世代だと、ビデオガール(電影少女)あたりが人気みたいなんだけど、不思議とアレは興奮しなかった。
設定はナンセンスだけど、登場人物の心理描写が込み入って、全然興奮できないのだ。

この頃からボクは、愛だ恋だに興味は無く、分かりやすいエロを求めていたような気がする。

小学生の頃は、もちろんネットなんてないし、それこそ”河原で拾うエロ本”なんて時代。一人で読めるエロ本は貴重だった。
もっとも家ではひとりになれないからその隠し場所には苦労したが。

どういう経緯だったか偶然手にした初めての一冊のエロ本もやっぱり漫画本だった。
「ドッキュン はーと」雅亜公0015070855LL.jpg


この人、今でも描いてるみたいね。スゴいことだよ。っていうかこの人歳いくつなんだ?

この作品、運の悪い主人公が悪魔と取引して、女運を上げまくって周囲の女とヤりまくるんだけど、その中に妹の美亜、名前不明の公園で出会ったロリっ子がいて、このあたりがボクの人生に致命傷・・じゃなくて、性的な嗜好にだいぶ影響を与えたような気がする。

ちなみにこの本はいまだに手元にある。
もちろん、小学生の頃に手にしたそれではなくて、買いなおしたものだけど。

この辺の本を読みつつ、時には自分で自作したエロ絵を「使って」、うつ伏せになってヘコヘコする図は想像するとおかしいけれど、ボクはオナニーが好きだった。


セックスをきちんと理解したのは・・小学校高学年くらいだろうか。
オナニーを覚えてからセックスを理解するまでの期間はとても長かった。

で、このあたりで気がつく。
ボクのオナニーの仕方はおかしいんじゃないか、と。

中学~高校くらいになると、ある程度エロメディアが手に入るようになるけれど、そこで目にする男のオナニーは、”シコる”といわれるように、手でペニスを握って動かすもの。
自分のやり方とは全然違うのだ。

考えてみたら、うつ伏せになってオカズを見つつ脚を開閉するのって、しんどいしやりづらい。
それに、射精するようになってからは、パンツの中に出すとイロイロ処理が大変だ。

ということで、高校に入ったあたりか、その少し前あたりか、手でシコる方法を模索し始めた。
これがなかなかうまくいかず、もどかしくなって結局床オナする・・なんてことも多々あった。


ボクが中学のころ、少女マンガだったのがアニメ化されて男・・というかキモオタ達の支持を集めたのがセーラームーンシリーズだった。
ボクはうさぎちゃん派なんだが、全キャラみんな、脚がえろかった。
まぁ何と言うか・・こんなスタイルの中学生はいない!818kQQpG59L._SY445_.jpg
正直言って、エロ目的と言っても良く、別にリアリティなどどうでもよかった。


・・・お分かりだろうか?
要するにずっと二次元なのだ。

3次元で興奮しない育ち方をしてしまったのだ。

もちろん、三次元エロを全く目にしなかったわけじゃない。
けど、よく識別できない写真よりも、絵のほうが直接的で、くっきりはっきりした輪郭と、強調された性的な要素を感じることができた為に、ボクはもっぱら2次元をオカズにしてきたのだ。


そしてこのセーラームーンあたりから、エロ同人を読むようになる。
セーラームーンの爆発的なヒットは、キモヲタの性欲に火をつけ、大量の同人誌が出回った。

ボクはかなり田舎に住んでいたんだけど、それでもその存在の一端を知ることができるほどに。


あぁ、なんかオナニーの話じゃなくてオナネタの話になってるな。

長くなるので一旦終了
にほんブログ村 その他日記ブログ 社会不適合者日記へ
にほんブログ村
posted by かのぴ~ at 20:46| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月29日

連休は人生の終末の予行演習

連休は「普通」を目にするのが辛い


連休だねぇ。
帰省ラッシュとか出国ラッシュとかで高速道路や空港、駅が混雑してるなんてのを見ると、ざまぁ見ろとは思うけど、結局彼らは行く宛てや目的があって、一緒に行く人たちがいて、ボクよりもはるかに幸福なのであった・・。

虚しいな。
ボクには会うべき人も、一緒にどこかに行く人もいない。

これはとりもなおさず、定年後の自分の姿だ、
ひたすら孤独が待っている。


まぁボケて誰にも知られずに死ぬのだろうけど長期連休と言うのはその予行演習のような気がしてくる。


家に籠もっていても良くないかな、と思って外に出ると、家族連れやら若者の集団やらであふれかえっている。
どこにも、ボクのような単独のおっさんなんていない。

世の中から取り残されて一人だけ人生から落第しているような気分になってくる。

生涯独身率20%超とか聞くけど、独身のおっさん達はいったいどこに行ったんだ?
自分だけじゃないはずなんだが。



それでもまだ虚しさが軽減されるのがバイクで一人で遠くに行くことである。
バイクと言うのは孤独な乗物で、一人でいても違和感はあまり無い。

けどそこでもやっぱり、大集団でツーリングする人たちに出くわし、また虚しくなったりもする。

ちなみに格好も、バイクのりらしい格好はしないで、どちらかと言うと登山というか、バックパッカー的な服で乗っていたりする。
ライディングウェアに身を包み、集団でツーリングを楽しむ人たちから見たら、何かこう、中途半端で、それゆえ孤独なおっさんライダーが一人で乗っているように見えるだろう。



そんなわけでまだ連休3日目。
一通り遠くに出かけて東京に戻ってきたけど、後は空白。

一日ダラダラ寝て過ごすのも、さすがに一週間も続けられない。

布団の上でダラダラしながらいつの間にか人生を閉じている・・それが今のところボクの理想の死に方かもしれないな。
もっとも実際にはどこかを悪くして苦しみつつ死にそうではあるけれど。

にほんブログ村 その他日記ブログ 社会不適合者日記へ
にほんブログ村
posted by かのぴ~ at 21:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月27日

心配性の旅行

僕は心配性だ。

心配性というと、それを良い方に転換しよう、精密さが求められる職種に着けば・・なんて励ましなのかなんなのかよくわからない慰めをもらうことがあるけど、そういうことではない。
心配性だけど、面倒くさがりなので精密な行動をとることができるわけではないではないし、ムリして精密な行動をとっても、結局心配性は解消しないのだ。


例えば、一週間くらいの予定で旅行の計画を建てる場合。

当然、全日程の予定は立てて予約手配する。
移動手配、若しくは時刻表を調べて移動できることを確認して記録、宿泊を家に帰るまで手配。

でも心配性なので安心できない。

乗り換え時間5分なんて、ちょっと遅れたら乗り継ぎできない。

長距離の移動だと、ちょっとした乗り継ぎミスや遅れで先々まで影響が出る。
そうすると宿泊地まで予定日にたどり着けない。
キャンセル料というだけでなく、その日の別の宿泊を確保しないといけない・・などと考えてしまうのだ。

その日の移動を中断しなければいけなくなったところに都合よく宿泊場所があるのか、次の移動で挽回する方法があるのか・・と困った状況に陥る可能性は無限に広がっていく。

ここまで来たらもはや病気だ。

だから、行ったことのないところに行ってみたいという欲求と、知らない場所でどうしようもない状況に陥ったらどうしようという心配とが入り交じり、予約手配にものすごく心理的な抵抗を感じてしまうのだ。

で、結局以前行ったことのあるルートや目的地に行ったりする。
安全件を確保しなければ行動できない。見分は広がらない。

いい年こいて、別に自分の人生を大事に生きてるわけでもないくせに、妙な安全欲求も持つというアンビバレントな状況なわけだ。



別の記事で南西アジアや東南アジアに言及したけど、バックパッカー的にリスクを冒しつつ移動をしてきたわけではないのだ。
仕事で長期出張や駐在をしていたというだけのこと。

勝手のわかる既知の場所を拠点に、少しだけ足を延ばして、少しづつ少しづつ既知の場所に変えていったのだ。


だから、矛盾するようだけど、中近東や南西アジア、東南アジアは宿の予約なんかもなく、航空券の往復だけ取ってバックパック一つで旅行したりする。

それらの国々がどの程度の交通の利便性があって、どの程度飛び込みで泊まれる宿があって、どの程度自分で様々なことを処理できるのか、みんな分かっているから。


多分ボクの周囲の人は、人によって全く違う志向に見えていることでしょう。

かたや無計画にブラつくバックパッカー。
かたや計画倒れのインドア旅行者(それって旅行者なのか?)。

こういう極端な二面性って、多分健全じゃないと思うな。

posted by かのぴ~ at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする