彼は50代中盤の研究者。
50代に入ったあたりから、業務時間中に席を立つことが多くなった。
部品の設計やコスト感知などを行う部門なので、もともと会議や外出などは多いために発見が遅れた。周囲が気付いた頃には、ほぼ一日中席に居ない状態になっていた。
勤務データでは、出退勤の記録は付いているので会社内には居るようだ。
課の管理職が彼の社内での様子を観察したところ、彼は朝から特に何をするでもなく会社の敷地内を歩き回っていたり、そうかと思うと食堂などの施設でじっとしていたりと気まぐれだった。特定のルートや行動パターンがあるわけではない。
事業所はかなり広く、大学のキャンパスのように敷地に建物が点在しているために、パターン化していない行動は特に誰かに見咎められることはない。
様子を伺いながら、彼の社用携帯電話に電話をしても彼は全く無反応だったという。
そんな調子だから彼の業務アウトプットはほぼゼロに等しかった。
部品の仕様策定は遅れ、製品開発が間に合わなくなることもしばしばで、課内でどうにか業務の埋め合わせをしている状態だった。
人事部は法務部と相談のうえで、彼に業務命令を書面で提示することにした。
自席で業務に専念すること、与えられた業務に対して期限を守り報告を行うこと、指示を守らない場合は無許可の職場離脱として懲戒の対象になること。
彼の弁明は不可解だった。
「なぜ、会社が私の仕事を妨げるのか。」

会社は彼のタスクを改めて提示するとともに、就業ルールも併せて説明した。しかしそれでも彼は非を認めようとしなかった。
ただ、何か納得はしていたようだった。
「そうか、ついに会社にまで手が回ったか。隠蔽をはかるつもりか。」
かれはそんなことを言った。
ボクはこのあたりで察した。ネットではたまに見かけるタイプではある。
隠蔽とは何か。会社が隠蔽しようとしていると言っているのか。
私の仕事とは何のことか。それは会社が与えた業務と違うものか。
その疑問はごく普通に浮かぶものだけど、彼はそれに答えることはなかった。そして、その質問を受けたことが、ますます彼に何かの確信を与えたようだった。
「私がどこまで知っているか、探ろうとしているんだな。それに答えるわけにはいかない。」
「手の内を見せるわけがないだろう。」
彼はおそらく本気で巨大な何かと戦っていた。
そして人事の担当者はきっと、その巨大な何かの手先に違いないのだろう。彼にとって。
そういう人はネットではいくらでも見かけることができる。珍しくもない。
放っておきたいところだけど、彼は給料を受け取りながら会社に居るのだ。関わらないわけにはいかなかった。
彼には職務放棄として、降格が言い渡された。
彼は今日も職場の敷地を歩き回りながら、何かと戦っている。
時々現れる、会社が差し向けた監視役の目をかいくぐりながら。
仕事を失敗させようと、絶妙なタイミングでかかってくる電話を無視し、献身的な努力にもかかわらず報酬を減らして追い詰めてくる会社を恨みながら。
次は懲戒解雇になるだろう。
その時彼がどんな行動をとるのだろうか。
くっころ!・・かなぁ。本人の自意識的には。

(おっさんです)